着れる服から着たい服へ【潜在意識ダイエット】

vol.447│人のできない部分に目を向ける。それはプロでも専門家でもない。

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今日のひとこと vol.447 

足りない部分は誰にでもある
ない部分に焦点を当てると
絶対にマイナスな 気分になってしまう
逆にあるものに焦点を当てると
絶望的な状況でも 希望が見えてくる

すべてを兼ね備えた人など、この世の中に存在する訳がない
なのに、多くの方は、足りない部分を見てしまう
 
それは、そのように子供のころから刷り込まれ
学業の成績や行動の状況など通信簿で、評価され
評価の低い所を、もっと良くしなさい、と教育されてきたから
仕方がないと言えば、仕方がない。
 
文武両道、勉学とスポーツの両面ができる人など、いるはずがないのに 
勉強もできて、野球もできる。だから文武両道だと
そんなのは文武両道とは言わない。
 
野球がで甲子園に出たからといって
スキージャンプでオリンピックに出場できるわけがない。 
オリンピックに出場するのに
日本史ができないからといって、出場できないということもない。
漢字が書けないからといって
オリンピックに出場できません。なんてことはない。
 
一般的なサラリーマンの家庭では
子供に対して、成績の悪い部分を良くしようと、塾に通わせる。
成績の悪い部分に目を向けているから
子供も勉強をする気もなく、嫌々塾に通う。
嫌々通っているのだから、成績が上がることもなく
成績が上がらないと、できが悪い、とレッテルを貼ってしまう。
できが悪い、とレッテルを親から貼られてしまうのだから
子供も、自分は、できが悪いんだと、思い込んでしまう。悪循環である。
 
社会に出ても、そんな教育を受けてきた人たちばかりだから
人の悪い部分にばかり目がいき、悪い部分を注意したりする。
 
いい所に、目を向けて
いい所を伸ばそうと教育されてきたなら違っていたかもしれないが
日本の教育の中では、悪い部分を良くするところにしか目を向けていない。
 
でも、プロ、と言われる方々は
できる部分に目を向け、できる部分を徹底的に伸ばしたからプロになったのである。
イチローが、たとえ漢字が書けないからといって
球団から漢字ドリルをやれとは言われない。
 
ある分野のプロとして生きていくのならば
その部分にだけ目を向けて、徹底的に伸ばせばいい
できないところに目を向けても、プロにはなれない。
 
できる部分を徹底的に勉強するから
プロと呼ばれ、専門家と呼ばれるのである。
何でもできる人のことを、専門家とは言わない。
 
プロや専門家と呼ばれる人が
人のできない部分に目を向けていたとしたら
それは、プロでも専門家でもない、ということにもなる。
 
あなたは
人のできない部分に目を向ける、一般人
人のできる部分に目を向ける、プロや専門家
どちらがいいですか?

 

 

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