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vol.475│人を幸せにすることに引退はない

プル戦略家・経営コンサルタント・神戸・あの原山・SEO対策・原山友弘

今日のひとこと vol.475 

限界まで頑張っていない人は
才能や運を原因にしてしまう
夢が達成できないのは
限界まで頑張ってないからなのです

今日は1つお話をします。
 
 
彼は、6歳の時に父を亡くし
工場で働く母をサポートするために料理を始めました。
 
7歳の時には弟妹と母のために焼いたパンが絶賛される程の腕前になり
この時のうれしさにより
「おいしいもので人を幸せにしたい」と思うようになります。
 
家を助けるため10歳頃から農場で働き、14歳の時に学校をやめ
15歳の時には、母の再婚相手に暴力を振るわれ家出し
年齢をごまかし軍隊に入りますが、1年で除隊となったそうです。
 
市電車掌、判事助手、保険外交員、フェリーボート会社、タイヤのセールスマン
機関車修理工、ボイラー技士、機関助士、保線区員
など40種類もの仕事を経験したそうです。
 
30代後半に初めての起業をします。それは、ガソリンスタンドでした。
 
そこでは、注文の前に埃まみれの車の窓を洗い
ラジエーターの水を確認するサービスを行っていました。
 
経営は苦しかったものの
「他の人に一生懸命サービスする人が、最も利益を得る人間である」
という彼の信念は揺らがなかったといいます。
 
その後、40歳の時にガソリンスタンドの一角を改装して
たった6席の小さなレストランを開きます。
 
彼は1人でガソリンスタンド、調理係、レジ係の全てを担当していたそうです。
 
ガソリンスタンドはサービスの良さ、カフェは料理のおいしさで繁盛していました。
 
しかし、バイパスが出来て、交通量が減り
大恐慌と大干ばつによって周辺の農民のガソリン代の売掛金の未収が増えて
ガソリンスタンドは倒産してしまいます。
 
しかし、ガソリンスタンドは倒産してしまったものの
カフェだけでもと140以上の席数の規模に拡大しました。
 
そのカフェも火災で焼失してしまい、経営難により倒産。
 
65歳の時に、ほとんどの資産を失ってしまいます。
 
 
もう何もない状態です。
 
 
しかし彼は、カフェで評判だったメニューのレシピをお金にしようと考えました。
 
レシピを教えるかわりに、売れたら1つにつき5セント受けとる。という方法
 
これまで、そんな方法でビジネスをしている人がおらず
 
70歳近い彼は、ワゴン車に乗り込み全米中を走り回り
レストランの厨房などでレシピのノウハウを実演するという旅に出ます。
 
70歳近いおじいさんの飛び込み営業はそう上手くいくはずもなく
なけなしの年金でガソリンを買い
出費を抑えるためにワゴン車の後部座席で夜を過ごし、翌朝再び営業にいく。
 
そんな、若者でも途中で音を上げてしまいそうな方法で営業を続けました。
 
「NO!」「NO!」「NO!」「NO!」「NO!」「NO!」・・・
 
「NO!」と、言われた数はなんと1009回
 
1010回目で、初めて「YES!」
 
70歳の時に、アメリカとカナダで400店舗
74歳の時に、600店舗を超える、世界で初めてのフランチャイズを築き上げた。
 
その後、経営の権利を譲渡し、世界中のFC店舗を視察する旅のような生活を
亡くなる90歳まで続けました。
 
 
ケンタッキーフライドチキン
「秘伝のオリジナル・レシピの11スパイス」
 
 
職を転々としていただけに「自分に特別な才能があったとは思えない」と
しかし、それぞれで一生懸命働いていたことが成功の要因だと語っていたそうです。
 
「できることはやれ」「やるなら最善を尽くせ」
といったルールに従って粘り強く行動を続けた、結果的に成功を収めました。
 
幼い頃に家族のために料理を作った経験から
「おいしいもので人を幸せにしたい」と想い続けてきた彼。
 
その想いの強さが、数々の困難を乗り越えるパワーとなったのです。
 
 
カーネルサンダース「人を幸せにすることに引退はない」

 

 

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